プリロードでバネは固くならない
— 車高が数字どおりに下がらない理由
「◯cm下げてほしい」という依頼は多いのですが、その数字ぴったりに収まることは、実はあまりありません。ネジ式の車高調なら計算上は出るはずなのに、なぜズレるのか。
そしてもうひとつ、この話にはプリロードにまつわる誤解がついて回ります。そちらは根拠を示して否定しておきたいので、後半でまとめて書きます。
まずは理論値を出す
作業としては、車高調の全長をどれだけ縮めるかを理論値で決めるところから始めます。ここは計算で出せます。
ただし、ここから先にズレる要因が3つあります。
1. レバー比のある足まわりは、小数点単位の誤差が出る
ショックの動く量と、タイヤ(車高)の動く量は同じではありません。サスペンションの形式によってレバー比がかかります。
問題は、このレバー比が小数点単位で効いてくることです。ショック軸で10mm縮めても、レバー比が 0.8 なら車高は8mm。この比率がわずかに違うだけで、最終的な車高は数ミリ変わります。レバー比が絡む足まわりほど、理論値と現車の差は出やすくなります。
2. バネを替えるなら、バネ下荷重を見ないと沈み量が変わる
バネ交換をともなう場合は、もうひとつ変数が増えます。
バネ下荷重を概算で出さないと、1G(車重がかかった状態)でどれだけ沈むかが変わってきます。同じレートのバネでも、そのバネにかかる荷重が違えば縮み量が違い、結果として車高が変わるためです。全長だけ合わせても、狙った位置には来ません。
3. 組んだ直後と、しばらく走った後で違う
これは体感の話なので一概には言えませんが、1週間もあれば5mm程度は下がってもおかしくないという印象です。
いわゆる「なじみ」です。使う車高調やバネによっても変わるので、明確な基準はありません。ただ、納車直後にメジャーで測って「言った数字と違う」となっても、数日置くと近づいていることはよくあります。最初から少し高めに出しておくという考え方も、ここから来ています。
プリロードの誤解を、根拠を示して否定します
ここからが本題です。プリロードについては、現場で見聞きする説明に理論と合わないものが混ざっています。
誤解1: 「プリロードをかけるとバネが固くなる」
これは理論上、起こりえません。プリロードをかけてもばね定数(バネレート)は変わりません。
理由は2つあります。
ひとつ目。車高調に使われる等ピッチの圧縮コイルばねは「線形ばね」です。荷重とたわみが正比例する、つまり荷重−たわみ線図が直線になるタイプのバネです。ばね業界の技術解説でも、多くのばねが非線形であるのに対し、等ピッチ圧縮コイルばねとトーションバーは例外的に正比例するものとして挙げられています。
直線ということは、その直線の傾き(=ばね定数)はどこを取っても同じということです。すでに何ミリ縮んでいようと、そこから1mm縮めるのに必要な力は変わりません。
ふたつ目。ばね定数の計算式そのものに、初期たわみの項がありません。
式に入っているのは材料と形状だけです。「いま何ミリ縮んでいるか」「プリロードを何ミリかけたか」を入れる場所がありません。プリロードでばね定数が変わるのなら、この式が成り立たなくなります。
感覚的にも同じことが言えます。プリロードを数ミリ、数センチかけただけでバネが固くなるのなら、バネレートという指標の意味が無くなります。「8kgのバネ」と言っても、組み方次第で別物になってしまうからです。
誤解2: 「プリロードはゼロにすべき」
いわゆるプリロード0絶対主義ですが、これも理論に反します。
プリロードはかけるかかけないかを好みで選ぶものではありません。当店の考えは「かけないといけないからかける」です。
では何のためにかけるのか。プリロードは、伸びストロークと縮みストロークをどれだけ確保するかを調整するものです。それ以上でも以下でもありません。
1G(車が地面に降りて自重がかかった状態)で、ショックが全ストロークのどこにいるか。そこから縮み側にどれだけ残っていて、伸び側にどれだけ残っているか。この配分を決めるのがプリロードです。
縮み側が足りなければ底突きしますし、伸び側が足りなければ内輪が浮きやすくなります。ゼロが常に正解ということはありません。
だから、セッティングの順序はこうなります
- まずストローク量を決める(プリロードで伸び/縮みの配分を作る)
- そのうえで、車高は全長で調整する
逆にしてはいけません。車高をプリロードで合わせにいくと、ストローク配分が結果任せになります。全長調整式の車高調が「全長調整式」である意味は、まさにここにあります。
測る基準を、先に決めてください
意外と揉めるのがここです。車高をどこで測るかを決めないと、そもそも会話が噛み合いません。
当店ではご依頼を受ける際、事前に上げ下げの基準を決めます。だいたいはフェンダーアーチの高さで測ります。
ただし見た目を重視される場合は、フェンダーアーチとタイヤの隙間の量で話をすることが多いです。「サイドスカートが地面と平行であってほしい」といった要望もありますし、そこはオーナーの目的に合わせて進めます。数字が同じでも、狙っている絵が違えば正解が変わります。
1G締めとアライメント
下げたあとの締めくくりです。
1G締めは、ゴムブッシュが使われているアームがある場合に実施します。とくに純正車高から一気にシャコタンにする場合は、下げた状態で一度各アームの付け根を緩めて、ゴムブッシュの癖を取ることが多いです。
アライメントは、上げ下げしたときは常に取るのが理想です。3Dアライメントほどの設備でなくても構いません。簡易的でも実施すべきだと考えています。車高を変えればトーもキャンバーも動きますから、そのままにすればタイヤの減り方に出ます。
計算で出せる範囲と、出せない範囲
CALDRIVE の CoiloverPro は、この記事の考え方どおりに作ってあります。
出せるもの
- 全長調整量とプリロードから、車高がどれだけ変わるか(レバー比をかけて計算します)
- 1G時のストローク配分 — 縮み側・伸び側にどれだけ残るか
- 荷重とレートからのバネの縮み量
- 縮み側が足りなくなったときの警告
プリロードの入力は車高とストローク配分だけを動かします。ばね定数には一切触れません。この記事に書いたとおりの挙動です。
出せないもの
- レバー比の正確な値(入力するのはあなたの車の値です。ここがズレると結果もズレます)
- バネ交換時のバネ下荷重
- なじみによる数日後の沈み
- ゴムブッシュの癖や左右差
計算は出発点を早く正確に出すための道具です。そこから先が現車合わせになるのは、ツライチの話とまったく同じ構造です。
まとめ
- まず理論値で全長の縮め量を決める。ズレる要因は3つ
- レバー比のある足まわりは小数点単位で誤差が出る
- バネ交換時はバネ下荷重を見ないと1Gの沈みが変わる
- 1週間で5mm程度は下がってもおかしくない(車高調・バネによる。明確な基準は無い)
- プリロードでバネは固くならない。等ピッチ圧縮コイルばねは線形ばねで、ばね定数の式に初期たわみの項が無い
- プリロード0絶対主義も理論に反する。プリロードは伸び/縮みストロークの配分を決めるもの
- 順序はストローク量を決めてから、車高を全長で調整
- 測る基準を先に決める(フェンダーアーチ/隙間量/サイドスカートの平行など)
- ゴムブッシュがあるなら1G締め。上げ下げしたらアライメントは簡易的でも取る
参考文献
- 株式会社アキュレイト「ばね技術講座」— 荷重−たわみ線図とばね定数の定義、および等ピッチ圧縮コイルばね・トーションバーが例外的に線形ばねであることについて。accurate.jp
- キーエンス「イチから学ぶ機械要素 — ばねの力の計算方法」— 圧縮コイルばねのばね定数 k = G·d⁴ ÷ (8·Na·D³)。式の変数は材料と形状のみ。keyence.co.jp
本記事の内容は、実際の作業経験と一般的なばねの特性にもとづく考え方です。車高の変化量・なじみによる沈み・適切なストローク配分は、車種・足まわりの形式・使用する車高調とバネ・使用条件によって変わります。数値はいずれも参考値であり、実際のセッティングは必ず現車で確認してください。車高を下げると最低地上高や灯火類の高さが保安基準に適合しなくなる場合があります。公道を走行する車両は、必ず整備工場にご相談ください。